喫茶店は、誰かの一日をそっと支える場所です。ちょっとひと息つきたいとき、待ち合わせまでの時間を過ごすとき、あるいは何も考えずにぼんやりしたいとき――そんなとき、喫茶店という空間はやさしく迎えてくれます。
客としての私は、そんな「居場所」を何気なく享受してきました。コーヒーの香りにほっとし、ほどよいざわめきに気が緩み、運ばれてきた一杯に心をほどく。注文した品がちょうど良いタイミングで出てくるのも、空いたカップが自然に片付けられるのも、すべてが当たり前のように整っている。それが“喫茶店の心地よさ”だと思っていました。
ところが、自分がスタッフとしてカウンターの内側に立つようになると、その風景は一変しました。開店前の掃除や仕込み、客足を見ながらの調理タイミングの調整、注文と笑顔を同時にこなす瞬間の緊張感。そうした積み重ねが、店の空気を形づくっていることを、少しずつ実感するようになりました。
そしてある日、お客様がぽつりと「ここは落ち着く」と言ってくださいました。その言葉に、ふと気づかされたのです。喫茶店の「落ち着く」は、偶然に生まれるものではなく、誰かが見えないところで丁寧に整えているからこそ生まれるものなのだと。
客席から見る景色と、舞台裏で支える視点はまったく違います。けれど、どちらか一方が主役というわけではなく、その二つが静かに重なり合ってこそ、喫茶店という場所は本当の意味で息づいていくのだと思います。
そして次の営業日もまた、私はカウンターの内側から、その静かな舞台を整える一人でありたいと思っています。誰かの何気ない時間が、心地よいひとときになるように。
