地元の海を一望できる海沿いの場所に、かつて保養所として使われていた一軒の中古住宅が、数ヶ月前に売りに出されました。地元では「たぐりゃ」と呼ばれ、昔から漁師や子どもたちの間でも親しまれてきた景勝地。波音と風の音だけが響く、静かな絶景の場所です。

けれど、その魅力は、同時に脆さもはらんでいます。こうした物件は、観光目的の投資として注目されがちで、実際、周囲ではいくつもの空き家が民泊に転用されています。一見すると地域の活性化に思えますが、利用者の多くは観光客であり、運営するのも外部の人間であることが少なくありません。

誰かがこの物件を買って民泊にしてしまえば、地元の人が気軽に立ち寄ることは難しくなり、「たぐりゃ」のその場所は私的な空間になってしまいます。しかも、夜間の騒音やゴミの問題などが起きれば、静かだったこの地域の日常までもが変わってしまう──そんな危機感がありました。

私たちは考えました。この場所の価値とは何か。景色そのものが美しいのは間違いありませんが、それだけではありません。地元の人が、「あそこからの眺めはいいよね」と語り継ぎ、日々の暮らしの中で自然と向き合ってきた、その時間の蓄積こそが、この景色に深みを与えているのだと気づいたのです。

だからこそ私たちは、この場所を自ら購入し、喫茶店「Cafe & Gallery Mirador」として再出発させることを決めました。絶景を「所有」するのではなく、「ひらく」ことで守りたいと考えたのです。

ここでは、特別な用事がなくても、ふらっと立ち寄っていただけます。コーヒー一杯と、海を眺めるひととき──それだけのために訪れてくださる方がいてくれたら、それが何よりの喜びです。晴れた日には水平線がくっきりと見え、曇りや雨の日にはそれぞれの空と波が心に沁みる、そんな場所です。

そして、喫茶というかたちにしたのは、誰もが無理なく訪れ、時間を過ごせる場所にしたかったから。近所のおばあちゃんも、観光に来た人も、子どもを連れた家族も。ひとつ屋根の下で、同じ景色を眺められる空間をつくりたかったのです。

風景とは、ただ目に映るものではなく、その場に集う人々の記憶と交わりながら生きるもの。──この場所が、そんな風景のひとつとして、皆さんの心に残っていけば幸いです。

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